醒めない夢を見ていた

ただ、いとしいとつたえるだけ。

夢の荒野のまんなかで祈るということ -なかまるくん39歳の誕生日によせて-

どんな言葉をきみに送ってもどうしたって朽ちてしまうことは、この世界の決まりなのかもしれない。

この感情は夜に似ている。外は雨で、好きになってからずっと夢の中に閉じ込められているみたいだ、とわたしはおもう。これを書いているいまも、窓の外は夜で、見えないオーロラに守られている。

 

 

この一年もまた、なかまるくんをすきでいられてよかったと心からおもう。

ひとが新しい渦のなかにいるとき、自分だけが取り残されていたらどうしようと不安になってしまったりもする。名前や存在だけが全力ではしりだして、きもちは遠い彼方に置き去りのままで。

きみがひとつ歳を重ねた日から今日まで、天気も街の匂いもきみのまわりで吹く風も、すっかり変わったけれど、ぜんぶうつくしいものにしたなかまるくんのことがすきだ。

 

 

誇らしげに宝箱のなかのおもちゃを自慢するこどもみたいに、KAT-TUNでいる時間を大切にしてはしゃいだ春。ステージの光とペンライトのうねりを喰って力のかぎりに跳ぶきみの魂のかたちが、花火みたいに会場をはしるビートボックスの音が、春が芽吹く風にやさしくとける高音と、強烈なおもさと、夜気をふくんだ気をやってしまいそうなあまさがゆっくり支配する低音が、ダイヤモンドのように光って綺麗だったこと。きみを愛するひとの熱を、しっかり抱きしめていっしょに陽炎になってしまうみたいに、金平糖のあまいとげを溶かして夢のなかへ連れてくみたいに、きみはうちわの文字を読んでいた。トロッコやステージのうえ、わたし達と確実にある境界線のあいだで、一人ひとりに“俺とあなたとの”秘密を渡していた。挨拶で、グループを代表して夏の24時間テレビに行ってきますと宣言してくれたこと。オーラスの「いまは現状維持って感じだけれども。KAT-TUNはまだまだこれからも山場を作れると思ってるんで。上を目指せると思ってます!」の言葉。きみをつくる要素のすべてがすきで、いまもまだ信じる魔法があることの、証明だったようにおもう。

 

 

偉大な大先輩からバトンを受け継いだ旅サラダのリポーターの大役。持ち前の爽やかさと、その場で起きた事象に臨機応変に対応する力、取材先の農家さんや職人さんの言葉をまず聞いて柔らかく受け止め、チャーミングに返すさま。ひとに愛され、その愛を還し、いつもひとの真ん中で生きてきたきみの素敵なところがたくさん詰まった中継。またひとつ新しい居場所ができたこと、とても光栄におもうよ。

 

 

重ねる季節の色が春からすこしずつ夏へとにじむころ、幻みたいな夏のその日がやってきた。自分がかんがえていたよりもあっという間で、なかまるくんが背中にグループを背負って、ジャにののみんな、いっしょに歩んできたすべてのみんなと駆け抜ける24時間という短い日のことをおもうと、胸の中でなにかがゆっくりと満ちていった。隣ではなしをすること、ただそこにいて見守ること、共に夢にチャレンジすること、忘れかけていたなにかを、もう一度心のなかに置いてみること。笑ったり泣いたり、素直になること。いちばんさみしくて悲しいのは、無関心になってしまうということ。心の片隅にすこしでもこの日のことが刻んであれば、それだけで良いということ。みんなが笑って終えられたことに、何より意義があるとおもった。

 

 

「本当に感動の連続でした。さまざまな人に会って、前向きにさせられたような気がしますね。本当に勉強になりました。ありがとうございました。」長いようで短かった24時間を終えたきみはそう言って、やわらかい表情で微笑んでいた。Tシャツを何度着替えても、いっしょにパラデル漫画に挑戦した女の子からもらったバッジだけは、ずっと胸に挑んでいたこと。震える声で、その子の書いた絵本を朗読していたこと。車いすダンスの少年とダンスをするとき、彼が着る白衣の裾をそっと車いすに掛けてサポートしてあげていたこと。会いたいのピースを拾いながら、瞳に涙をためて、眉を下げていたこと。カメラの回っていないところでも、いつだってプロであり続けたこと。責任も重圧も体力も、背負うものや壁は以前より増えて、弱さをちょっとずつ見せてくれたこと。そしてやっぱり、みんなのお兄ちゃんであり続けたこと。いつまでも変わらない笑い皺のできる笑顔が、最後までそこにあったこと。たのしくてゆるい空気のまま、誰かの視点のその先を広げ、人生を変えた、かもしれないこと。KAT-TUN代表で、勝負道具のピアスを付けてこの夏を駆け抜けたなかまるくんは、世界の誰よりも輝いていた。どうしたってわたしのかみさまで、いちばん星だった。きみの平熱の美学が、わたしはどうしたってすきだ。サイダー色の幻みたいな夏が終わって暮れてゆく。気だるさと、さびしさが揺れている。

 

 

今日、きみはまたひとつ歳を重ねる。一生追いつくことのない追いかけっこだ。きみのすきな色の名前がまだない世界できみの名前を呼んだら、きみはどんな顔をするだろう。もう戻らない一瞬を紡いで、それが誰かの永遠になるように、しばらくしたら誰からも忘れ去られてしまうように、わたしはなかまるくんがすきだというこのきもちを守っていこうとおもう。きみの黒曜石の瞳のかがやきがつよくなる度、きみは綺麗になってゆく。わたしはそれが泣きたくなるほどにうれしい。

なかまるくんが明日も頑張ろうとおもう理由が、すこしずつ増えていきますように。大切なものや、守りたいひとのために丁寧に生活できますように。大事にしたいものを、永遠に愛せますように。きみの願うことぜんぶが叶いますように。どうかできればこれから先も、なかまるくんがしあわせだなあとおもえる瞬間が、悲しみよりもすこしでも多くありますように。誰かに届けたい想いや祈りが、残り火みたいに燃えますように。そんな瞬間をKAT-TUNのみんなと、大切なともだちといっしょに感じられますように。どうか、なかまるくんの心がいつも穏やかでありますように。

 

 

きみをみると、きみの声を聞くと、胸の奥からあまい蒸気がたちのぼるように感じる。まるで、自分の歩き方も考え方も表情もみんな支配してるきみはわたしのすきなひとだ。尊敬するひとだ。たぶん、死ぬまでわたしはきみがすきだろう。たぶん。すきというきもちは数式のようで、どんな誓いのことばも必要ない。恋人でもない、ともだちでもない、そばにはいられないけれど、ほんのすこしたのしく、生活を豊かにしてくれるひとだ。あかるい真昼に静かに季節を超えるように、わたしの想いのつよさを投げつけたとしても、きっとわたしの心はひそやかにみえるはずだ。

 

恋人やともだちや家族に贈る”だいすき”や”愛してる”のほかに種類があるとすれば、わたしはなかまるくんに贈る愛の言葉が欲しい。けど、こうして言葉にするよりも、運命や刹那を感じたあの瞬間のあの目が、あの歌の音が、忘れられない、それでいい、とおもってしまう。すきになった瞬間の、あの一瞬はどこまでも自分にとって鮮やかで、ひとを好きになるって、そっちじゃないのか、とおもうのだ。きみのしあわせだけをただ願っている。きみがやさしい嘘を時たまつくことをわたしは知っているけれど、せっかくついてくれた嘘だから、甘やかでかなしいきもちのまま、受け入れて知らないふりをしているよ。

 

今夜なかまるくんが生きていて、わたしもまた生きていることに感謝する。離れていてもきっといつでも心の底からあなたの人生が良いものでありますように、とおもう。雨のあたる日はすこしでもやさしく、風の吹くときにはいつもあたたかい部屋のなかにいられるような、そんな風にいつもなにかに包まれる人生でありますように。こどもみたいに無邪気にねむれますように。

 

これからもどうか、あたらしいきみに"はじめまして"をして、交差しない未来のその先で、きみの放つ熱とあまい嘘に溺れさせてください。

 

今日という日をこれから何年先も、できたらいっしょにお祝いさせてほしいな。

 

なにもかも間違えて、間違う隙間に流れる愛を贈るよ。

 

なかまるくんがすきだ。太陽のような明るさと、月のようなやさしさがあるところがすきだ。ダンスがすき。歌声がすき。やさしさは見えるものではないと知っているところがすき。秘密は守るものと決めているところがすき。生きるうえでのルールがあるところがすき。めんどくさいところがすき。決して器用ではなくて、飄々とする奥に隠した物凄いプライドと負けず嫌いさと、素直さと強かさ、少し見え隠れする薄っぺらさと、いじらしさの絶妙なバランスがすき。何処にでも居そうで居ない、掴めそうで掴めない男の子なところがすき。このきもちのゆく先が砂漠でも荒野でも宇宙でも、大丈夫っておもえるよ。

 

今日のいちにちが、これから先がずっとずっと、素敵なことで溢れていますように。

 

中丸雄一さん、だいすきです。

 

39歳のお誕生日、おめでとう。

 

2022904